意思決定支援について ~最近の勉強会に参加して思うこといくつか~

伊内 康宏

令和1年6月の勉強会(第128回勉強会)は、在宅医療推進コーディネーターの活動について、神山欣子氏の講義があった。

印象深かったのは、「最高の医療ではなく最適な医療を」という言葉だ。終末期医療について国のほうでも論議が深まり、ガイドラインが整備されてきている経過が勉強会では報告された。

事例紹介は、80歳代の独居高齢者、末期がんで、訪問看護や訪問介護、医師が共同で自宅看取りを行った症例だった。

本人の死がもたらすものは、本人だけでなく、家庭内、社会的つながりの消失。いかに、「その死をおさめるか・・・」という講師の言葉は、胸に刺さった。『乱れをしずめ、落ち着かせ、終わりにする』この【おさめる】というテーマはとても難しい。ライフワークと言っていいのではないか。人の死のおさめ方など答えがないから、援助者である以上、悩み続けることを止めるなというメッセージとして、私はこの言葉を理解した。

最近、白い巨塔(唐沢財前)を観直したのだが、その中で、里見が財前に「君が割り切ることで医者であり続けるなら、俺は悩むという一点で医者でいられるのかもしれない」と言っているのを思い出した。ここで白い巨塔を語ることはしないが、里見医師は患者への寄り添い方を、私たちに教えてくれていると思う。

本人の思いを受容し、共感的理解を私たちソーシャルワーカーは援助の中心におき、寄り添う支援を日々模索し行っているが、大切なのは、質の良い意思決定支援ができるのかどうかだ。

1人で決める意思決定よりも、ワーカーに限らず信頼できる人と意思を決める方が、本人の納得も充実し、よりよい意思決定につながる。ということだ。ソーシャルワーカーは、対人援助技術の専門家としてそれを知っているはずである。

4月の総会時の記念講演(第127回勉強会)で、西川圭一郎氏が成年後見の動向を話していただいたときも、司法分野において、チームでの意思決定支援が必要とされてきている講義内容だった。ソーシャルワークは多面的、多角的にクライエントにアプローチすることを基礎に置いているが、近年は様々な分野でもチームでサポート体制を組むことが大切になってきている。

私は、医師たちが診療科をまたがって、コンサルし、CTやMRI画像に所見を述べ合う姿が好きで、医療の醍醐味の一つだと思っている。また、ケアマネジャーやサービス事業所たちの利用者の語り合いは、羨ましくなるぐらい利用者を深く理解していて、学ぶべき点も多い。

チームの力を醸成しようとすると、お互いが信頼していないといけない。いがみ合っていてはだめだ。かといって、一定の緊張関係も大切だと思う。宿り木のように依存してはいけない。

醸成されたチームアプローチで、この難しい死のおさめ方も、よりよい道筋がつけられるかもしれないと思う。

(続く)